
結婚して、生活が大きく変わったタイミングでした。
私は現場作業から一歩進んで、客先との契約や請負の内容を調整する、いわば「橋渡し」のような業務を任されるようになっていました。今まで一緒にやっていた先輩が抜け、頼れる人がいなくなったタイミングでもありました。
この「橋渡し業務」が、なぜそれほどまでにHSPの私を追い詰めてしまったのか。その具体的な業務のきつさや、板挟みになって限界を迎えた詳しい経緯については、こちらの記事でさらに深く掘り下げています。
[9/7投稿:HSPの私が“橋渡し業務”で限界を迎えた理由]
気づけば、誰にも話しかけられたくなくなっていた

客先の工場長に呼び出されて怒鳴られる。購買部の担当者に単価や仕事内容のことで詰められる。かと思えば自社の社長からも、単価や人員数のことで問い詰められる。
現場と会社、会社と客先。その間に立って、あっちからもこっちからも突き上げられる毎日でした。朝出勤して、帰りが夜中の3時、4時になることも珍しくありませんでした。
今ある売上をなんとか繋げないといけない。客先にいる他社に仕事を奪われないようにしないといけない。一緒に働いている社員を守らないといけない。
そういう重圧を、ずっと一人で抱えていました。
先輩は、何もわからない状態からずっと一人でこの仕事をやってきていたんだと思います。それなのに自分は何もできない。その不甲斐なさに、余計に自分を追い詰めていた気がします。
そのうち、誰かに話しかけられることすら嫌になっていきました。客先の人とのやり取りも、自社の上司や社長とのやり取りも、現場の社員とのやり取りも、全部が息苦しくて。声をかけられる前に、逃げるように仕事をするようになっていました。
誰にも相談はできませんでした。というより、相談するという発想自体が浮かばなかったんだと思います。
動悸、過呼吸、そして動けなくなった日

そんな状態が続いたある日、仕事中に急に動悸がして、呼吸が早くなっていきました。過呼吸のような状態です。吐き気とめまいがして、その場から動けなくなりました。
「まずい」という感覚だけがあって、でも同時に「こんなことで動けなくなるなんて、情けない」という気持ちもどこかにありました。
このあたりの記憶は、正直あまりはっきりしていません。ただ、動悸や吐き気、過呼吸のような症状が続いたことで、ようやく病院に行くことになりました。
診断は、抑うつ状態でした。
そのまま2、3ヶ月、会社を休むことになりました。
突然の体調不良や、医師からの診断にショックを受けている方もいるかもしれません。私が倒れて初めて気づいた、心と体が発していた危険なサインと、そこから人を頼るために必要だった具体的なスキルについては、こちらの記事にまとめています。
[8/7投稿:心と体が限界を迎える前に。40代・HSPの私が倒れて気づいた「限界サイン」と「人を頼る実務スキル」]
「HSP」という言葉に出会ったのは、それから数年後

診断を受けた時点では、HSPという言葉はまだ知りませんでした。私がこの言葉に出会ったのは、そこから数年が経った後のことです。
過去を振り返ってようやく、「ああ、自分はもともと人よりも刺激を強く受け取りやすい性質だったのかもしれない」と思えるようになりました。あの頃の自分は、ただ「弱い人間」なんだと思い込んでいました。
今振り返ると、結婚という環境の変化があったタイミングで、気負いすぎていたんだと思います。それに、現場の仕事のやり方も自分の中で追いついていない状態だったのに、任された仕事を全部一人でやろうとしすぎていました。すべてを抱えすぎていたんです。
当時は自分のことを「根性がないだけ」「甘えている」と責め続けていましたが、HSPという気質を知ってから、あの苦しさの正体がようやく見えてきました。真面目すぎるがゆえに限界を迎えてしまうメカニズムは、以下の記事で詳しく掘り下げています。
[「向いていない」は甘えではない。HSPが感じる限界の正体]
今も、波はある

ここまで書くと、「そこから立ち直って、今は元気にやっています」という締め方をしたくなるところですが、正直に書きます。
今でも、うつのような症状が出ることがあります。体調を崩しやすい体質になってしまったな、と感じることも少なくありません。
なんとかしようとしながら、なかなかうまくいかない。そういうことを、今も繰り返しています。
それでも、あの頃と違うのは、「これは甘えだ」と自分を責める回数が減ったことです。動けなくなるくらいまで自分を追い詰めていたあの夜のことを、今は「あれは限界のサインだったんだな」と、少し距離を置いて見られるようになりました。
昇進や責任ある役職を、今は積極的には求めていません。それは逃げではなく、あの夜のことを知っているからこそ選んでいる、今の私なりの生き方です。
もし今、誰にも相談できないまま、声をかけられることさえ苦痛に感じているなら。それは甘えではなく、体が出しているサインかもしれません。私自身、まだ完全にうまく付き合えているわけではありませんが、それでも一つずつ、自分なりのやり方を探しています。
周りの目を気にして無理に上を目指すのをやめ、「昇進しない」という選択をしたことで、私はようやく自分の心と体を守る働き方にたどり着きました。出世を断ることに罪悪感を抱いている方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。
[HSPの私が工場で「昇進しない」を選んだ理由|40代がたどり着いた“壊れない働き方”]


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