「このまま、ハンドルを切ってしまえば楽になれるかな……」
夜勤明けの薄暗い国道。
生まれたばかりの我が子の顔が浮かぶ一方で、
消えてしまいたいという衝動が波のように
押し寄せていました。
当時の私は、
工場の重圧と責任に押しつぶされ、
身動きが取れなくなっていました。
家に帰れば、
初めての子育てに不安を募らせる妻が待っている。
日をまたぐほどの激務でボロボロの私に、
妻は「せめて話だけでも聞いてほしい」と救いを求めていました。
でも、当時の私には、
その言葉を受け止める心の「器」が、
もう一滴分も残っていませんでした。
「パパ、頑張らなくていいよ」という救い

「貯金を切り崩せば1年くらいは何とかなる。
だから、ゆっくり休みな」
絶望の淵にいた私に、
自分だって不安なはずの妻がそう言ってくれたとき、
涙が止まりませんでした。
それまでの私は、
「父親なんだから、自分が壊れてでも家族を守らなければならない」
という呪縛に縛られていたんです。
でも、妻のその言葉で気づかされました。
私がボロボロになって消えてしまうことが、
家族にとって一番の不幸なのだと。
家族を愛するために、
まず「自分」という土台を崩してはいけない。
そこから私の、必死で、そして戦略的な
「自分を守る戦い」が始まりました。
家族を大切にしたいからこそ、私は「自分を壊さないための3つのルール」を決めました。繊細な気質を持つ私が15年かけて体得した、具体的な生存戦略です。
[5/17投稿:HSPが交代勤務15年で体得した「壊れない働き方」と家族を守る3つのルール]
#https://yowakutemo-ikiru.com/kotai-kinmu-11jikan-rules/
家族の気配から、あえて距離を置く勇気

今の私は、あえて家族と離れる「
孤独な時間」を大切にしています。
たとえば、サウナで目を閉じて呼吸を整える時間。
たとえば、ジムで重いバーベルと向き合い、
仕事の雑音をかき消す時間。
一見すると、
家事や育児を放り出しているように見えるかもしれません。
かつての私も、そう自分を責めていました。
けれど、一度壊れた経験から学んだのは、
**「心のガソリンが空のままでは、誰かを温めることはできない」**
という冷徹な事実です。
サウナやジムで、
一度頭を「真っ白」にする。
そこで自分の心の器に少しだけ余裕(余白)を作る。
そうして「一人の男」として呼吸を取り戻したあとで、
ようやく私は、優しい「パパ」や「夫」に戻ることができるのです。
この孤独な時間は、家族を遠ざけるためのものではなく、
家族を笑顔で抱きしめるために必要な「戦略的避難」なのです。
交代勤務の過酷なリズムの中で、どうやって心身をリセットしているのか。私が実践しているサウナやスーパー銭湯を活用した「メンタル調整術」を公開しています。
[5/18投稿:夜勤明けの正しい過ごし方【40代工場勤務15年が実践する回復ルーティンと3つの習慣】]
#https://yowakutemo-ikiru.com/yakin-ake-routine-guide/
子どもたちに見せたい、たった一つの背中

私には、華々しいキャリアも、
自慢できる役職もありません。
工場の作業員として、戦略的に「
昇進しない道」を選び、
淡々と日々を繋いでいます。
でも、子どもたちが大きくなったとき、
背中で伝えたいことが二つだけあります。
一つは、
**「健康は何よりも尊い」**ということ。
心が壊れれば、どんなに高い給料も、
どんなに立派な家も、色を失ってしまうからです。
もう一つは、
**「何度転んでも、自分をあきらめない」**ということ。
一度は「消えたい」と願った私ですが、
泥臭く、不器用ながらも、こうしてブログを書き、
新しい生き方を模索し続けています。
完璧な父親じゃなくていい。
ただ、明日も家族と一緒に食卓を囲むために、
私は今日も「自分を守る場所」へ足を運びます。
それは、40代・交代勤務の私が、
15年かけてようやく辿り着いた、
一番優しい生存戦略なのです。
なぜ私は、あえて「出世」を捨てたのか。40代のHSPが、会社に消費されずに「自分と家族の時間」を守り抜くために選んだ、攻めの撤退戦略の全貌です。
[4/20投稿:40代HSPが15年かけて辿り着いた「昇進しない」という戦略적生存の答え]


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