工場の休憩室。
そこは、多くの人にとって
「安らぎの場」なのかもしれません。
テレビから流れる昼のニュース、
同僚たちの笑い声、
誰かの愚痴。
でも、40代になった今の私にとって、
その場所は「もっとも体力を削られる場所」になっていました。
仕事中もずっと気を張っています。
機械の音、周りの動き、
ちょっとした人間関係の変化。
そういうものに自然とアンテナが向いてしまうのが私の性分で、
休憩室に入るころにはもうかなり消耗しているんです。
それでも以前は、
「一人でいたら感じ悪いと思われる」
「付き合い悪いって思われたくない」
という気持ちで、
疲れた頭のまま無理に会話に参加していました。
休憩が終わるころには、
仕事前より疲れていることさえあったのです。
元美容師の私が、なぜ工場の「賑やかな休憩室」に耐えられなくなったのか

私は元々、美容師として5年ほど働いていました。
意外に思われるかもしれませんが、
当時の私は、不特定多数のお客様と向き合う
「接客」にそこまで疲れを感じていなかったんです。
一期一会の関係。
その場限りの心地よい距離感。
それは、私にとって適度な刺激でした。
接客は平気だった。でも「固定された人間関係」は私のキャパを静かに削った
ところが、
中小企業の工場で請負や派遣の担当者として働くようになり、
状況は一変しました。
現場の作業をこなしながら、
担当としての調整業務も担う。
自分のキャパシティを少しずつ、
でも確実にはみ出していく感覚。
逃げ場のない「固定された人間関係」の中で、
私はいつの間にか心をすり減らしていました。
自分のキャパを超えてしまい、抑うつ状態を経験したこともあります。
抑うつ状態を経験して気づいた、人との関わりに対する「強烈な疲労感」
その経験以来、
私はそれまで以上に人との関わりに
強い疲労感を感じるようになりました。
特に工場の休憩室のような、
逃げ場のない密閉された空間での
「なんとなくの空気の変化」
を敏感に拾ってしまう。
休憩室に入るたびに
「あの人、今日機嫌どうかな」
「さっきの自分の発言、変じゃなかったかな」
ってぐるぐる考えてしまって、
まったく休めなくなってしまったんです。
職場の人間関係で心が限界を迎える前に。15年の工場勤務で私がたどり着いた、自分を守るための「心の防波堤」の作り方をまとめています。
HSPの私が突き止めた、脳が休まらない本当の理由

なぜ、私は休憩室にいるだけでこれほど疲れるのか。
その正体が見えてきたのは、
自分の感覚を丁寧に見つめ直してからでした。
休憩室の「人間味のある音」が、頭の中の不安を増幅させてしまう
私が嫌だったのは「外の音」そのものだけではありませんでした。
賑やかな場所にいることで、
自分の内側にある「ぐるぐると巡ってしまう不安や記憶」が、
外部の刺激と共鳴して増幅されてしまうことが一番の苦痛だったんです。
テレビの音や誰かの笑い声が、
私の「思考」を悪い方へと加速させてしまう。
これでは回復どころか、エネルギーの漏電です。
むしろ「ただの雑音」の方が、余計な思考をかき消してくれるという発見
面白いことに、私は機械が発する大きな音や、
突発的な高い音は不快に感じますが、
意味を持たない「ただの雑音」であれば、
むしろ好むことさえあります。
なぜなら、その雑音が「自分の思考」をかき消してくれるからです。
でも、休憩室の「人間味のある音」は、
思考を止めてはくれません。
むしろ、余計な考えを呼び起こす。
だから私は、そこから逃げることに決めました。
私がたどり着いたのは、物理的に距離を置くことでした。
罪悪感を捨てて、駐車場という「聖域」へ逃げ込む
最初は、駐車場に停めてある自分の車の中に逃げました。
最初は罪悪感もありました。
「付き合いが悪いと思われてないか」。
でも続けるうちに気づいたんです。
みんな自分のことで精一杯で、
私がどこで休憩しているかなんて、
ほとんど気にしていない。
それに気づいてから、少し楽になりました。
「付き合いが悪い」と思われる怖さを手放し、休憩室を飛び出した私の実体験です。一人になることで、驚くほど消耗が減った変化を詳しく記しています。
[3/28投稿:HSPが休憩時間に一人になることを選んだら、消耗が減った話【工場勤務・体験談】]
ゲームや動画で脳内を上書きする。思考のループを断ち切る生存戦略

車内では、ただぼーっとするだけではありません。
スマホでゲームをしたり、
漫画を読んだり、動画を見たりしています。
一見、脳を使っているように見えますが、
私にとってはこれが「意識的な没入」であり、
脳のリセットなんです。
静かすぎると、自分の頭の中の「反省会」がうるさくなってしまう。
だから、あえてエンタメの力で思考を上書きし、
自分の中でぐるぐるとめぐってしまう考えや
記憶を遮断するようにしています。
休憩時間をあえて「ずらす」。他人の視線すらもシャットアウトする工夫
車の中がしんどい季節には、
休憩の時間を少しだけずらす、
というのもやるようになりました。
みんながいる時間を少しだけずらして休憩を取ると、
自然と一人になれる。
これが個人的には一番ストレスが少ない方法でした。
「一人でいる姿を見られる」
という状況自体をなくせるから、
変に思われてないかなという余計な気疲れもなくなったのです。
一人で休むことは、明日も「私」でいるための大切な儀式

これを意識して続けるようになってから、
気力と体力の消耗が明らかに減った、
と感じています。
「付き合いが悪い」と思われてもいい。自分の回復を最優先にする勇気
休憩室で過ごす30分より、
車内や空き部屋での15分の方が、
ずっと頭が静かになります。
HSPの人間にとって、休憩って
「何もしない時間」
じゃなくて
「入ってきた刺激を処理して、静かにする時間」
なんだと、
今は確信しています。
人と話すことで回復する人もいるけれど、
私はそうじゃなかった。
それだけの話で、
どっちが正しいとかじゃないと思っています。
午後の絶望感が減った。夜勤明けの疲れの質が変わった私の実感
劇的に仕事が速くなったわけではありません。
ただ、午後の仕事がしんどくなりにくくなった。
夜勤明けの疲れの質が、少し軽くなった気がします。
休憩で「回復できた感覚」があるかどうか。
これは、工場という環境で長く働き続けるために、
何より大切なことでした。
休憩時間の工夫だけでなく、夜勤明けの過ごし方まで。40代の体と心を守り抜くために私が実践している「回復ルーティン」の全貌はこちらです。
[5/18投稿:夜勤明けの正しい過ごし方【40代工場勤務15年が実践する回復ルーティンと3つの習慣】]
#https://yowakutemo-ikiru.com/yakin-ake-routine-guide/
まとめ|「回復の方法」に正解なんてない。自分だけの場所を確保しよう

休憩時間に一人でいることを、
後ろめたく感じていた時期もあります。
でも今は、これが私にとってのちゃんとした
「回復の方法」だと思っています。
車の中でも、空き部屋の隅でも、
時間をずらした休憩室でも、どこでもいい。
とにかく刺激を遮断して、
静かにいられる場所を確保すること。
そして、もし頭の中がうるさいなら、
好きなゲームや動画に没入して思考を上書きしてしまいましょう。
それだけで、仕事後の消耗感がずいぶん違う、
というのが私の実感です。
同じように工場勤務で消耗している人に、
この「生存戦略」が少しでも届けばうれしいです。
これはあくまで私個人の体験談ですが、
「こういう人もいるんだ」と思ってもらえたら十分です。


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