はじめまして、「とと」です。

1週間ごとに昼夜が入れ替わる交代勤務。
朝8時から夜7時まで、または夜8時から翌朝7時まで、
11時間拘束の工場で働く40代です。
妻と2人の子どもを養いながら、持ち家のローンを払い、
副業でブログを書いています。
華やかさとは、ほど遠い毎日です。
でも、これが私の「戦略的な生き方」です。
美容師だった私が、工場を選んだ理由

20代の頃、私は美容師でした。
親に高い学費を出してもらい、
専門学校を卒業し、国家資格を取得した。
それなのに、その道を捨てて地元へ戻る。
その選択には、言葉にできないほどの罪悪感がありました。
ただ、背中を押したのは「結婚」という現実でした。
地元に住む今の妻との将来を考えたとき、
低賃金で土日も休めない美容師を続けることに、
強い危機感を覚えたんです。
最後の営業日、私は親を店に呼び、
感謝を込めて髪をカットしました。
それが、美容師としての私なりの「最後のけじめ」でした。
工場を選んだ理由は、シンプルです。
土日休みが取れて、美容師より給料が高くて、
資格がなくても転職できた。
それだけです。
かっこいい動機なんて、
何もありませんでした。
「100時間残業」で、私の脳は壊れた

最初に入った工場は、
中小企業の派遣・請負の職場でした。
「なんとか稼がなければ」という焦りから、
がむしゃらに働きました。
昇進して責任ある立場を任されるようになりましたが、
手取りはわずか25万円。
残業のない月は18万円まで落ち込む、不安定な生活。
月に100時間を超える残業を続けた結果、
ある日、私の体は限界を超えました。
抑うつ状態。
睡眠障害。
仕事を休まざるを得なくなったとき、
初めて「自分に何が起きているのか」を真剣に調べ始めました。
そこで出会ったのが、「HSP(Highly Sensitive Person)」という言葉でした。
読めば読むほど、
「これ、全部自分のことだ」と思いました。
考えすぎてしまうこと。人の言葉が深く刺さること。
変化や刺激に疲れやすいこと。
ずっと「自分がダメだから」と思っていたことに、
名前がついた瞬間でした。
ただ、正直に言うと、
すっきり安心できたわけではありませんでした。
「これを言い訳にしたくない」という気持ちが、
強くあったんです。
それもまた、HSPゆえの自己批判の強さだったと、
今は思っています。
「昇進しない」という、家族を守るための決断

今の私は、現在の会社に引き抜いてもらい、
夜勤はありますが生活は安定しました。
家族がひとまず安心して暮らせる環境になった。
それだけで、夜勤があっても頑張れると思えています。
そして今の私の働き方は、かつてとは大きく変わりました。
昇進は、あえて目指さない。
責任ある立場に就くことで、
またキャパシティを超えてしまうことは、
経験としてわかっています。
だから今は、現場の作業員として、
目の前の仕事を確実に、丁寧にこなすことだけに集中する。
夜勤明けは無理をせず、少しの家事をして、あとは徹底的に休む。
本業で「心の平穏」を保ちながら、副業という「別の収入の柱」を育てる。
これが、弱さを抱えた私が家族を守り抜くための、
最善の「攻めの生存戦略」だと確信しています。
このブログで伝えたいこと

過去にblogspotで40記事書いて、
うまくいかずに終わりました。
その失敗の教訓を胸に、今度はWordPressで、
正しく、丁寧に、ブログを育てていこうとしています。
このブログの読者として想定しているのは、
かつての私と同じような人です。
- 40代で、交代勤務や低賃金の職場で体を削っている人
- 「このまま定年まで体が持つのか」と不安になっている人
- HSPや繊細さで、職場の人間関係や環境の変化に疲れ果てている人
- 家族を養う責任と、自分の限界の間で苦しんでいる人
そういう人たちに、
「弱くても、大丈夫です。生きていけます。」
ということを、
自分が一歩先を歩きながら示していきたいと思っています。
完璧な答えなんて、私にはありません。
でも、同じ境遇から試行錯誤している人間のリアルな記録が、
誰かの「一歩」のきっかけになれば、それで十分です。
一緒に、弱くても生きていける道を探しましょう。
とと 40代・HSP・元美容師・工場勤務15年・交代勤務・4人家族 「弱くても生きていける働き方」管理人