
はじめまして、管理人の [とと] です。
私は今、1週間ごとに昼夜が入れ替わる「11時間拘束」の交代勤務をしながら、
妻と2人の子供を養う40代の工場マンです。
このブログのタイトルには、**「弱くても」**という言葉をあえて入れています。
それは、私がかつて「強くあろう」として、
心も体もボロボロに壊してしまった経験があるからです。
免許という「親の愛」を捨てる罪悪感、そして一つの決断

20代、私は美容師でした。
高い学費を払って専門学校に通わせてもらい、
国家資格まで取得させてもらった親への恩義。
それにも関わらず、その道を捨てて地元へ戻るという選択には、
言葉にできないほどの罪悪感がありました。
しかし、私の背中を押したのは「結婚」という人生の転機でした。
当時付き合っていた、地元に住む今の妻との将来を考えたとき、
低賃金で休みも不安定な美容師を続けることに、強い危機感を覚えたのです。
最後の営業日、親を店に呼び、感謝を込めて髪をカットしました。
それが、美容師としての私なりの「最後のけじめ」でした。
「100時間残業」の果てに知った、自分の限界
転職先の工場では、月に100時間を超える残業。
がむしゃらに頑張り、責任ある立場を任されるようになりましたが、
手取りはわずか25万円。残業がなければ18万円まで落ち込む不安定な生活。
責任感の強さゆえにキャパシティを超えて走り続けた結果、
私の脳はついに「拒否反応」を起こしました。
抑うつ状態、睡眠障害。そこで出会ったのが「HSP」という言葉でした。
自分はダメな人間ではなく、ただ「深く考えすぎてしまう特性」を持っていただけだった。
その気づきが、私の人生の第二のスタートラインになりました。
「昇進しない」という、家族を守るための戦略

今の私の働き方は、かつてのような「上昇志向」ではありません。
- 責任ある立場への昇進は、あえて目指さない。
- 現場の作業員として、目の前の仕事を確実に、丁寧にこなす。
- 夜勤明けは無理をせず、家族のために少しの家事をし、あとは徹底的に休む。
本業で「心の平穏」を保ちながら、副業という「別の柱」を育てる。
これが、私のような弱さを抱える人間が、家族を守り抜くための、
最善の「攻めの生存戦略」だと確信しています。
「弱くても、大丈夫です。生きていけます。」
そのための道筋を、私が一歩先を歩きながら示していければと思っています。